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2012/06/08

梅雨の前ぶれ

きりっと日差しが強い一日、撮影道具をメインテナンスしたり、車にワックスをかけたりと、せわしい午前中。

午後は少し撮影して、夕方に渋谷のギャラリーへ。ちょうど居合わせたオーナーとちょっとの間だが的を得た話しをした。

若いアーティストや写真家達のこと、それぞれの思惑通りに人は行動しないし、出来ない。
これが、歳を重ねたもの達には非常にもどかしく感じる。が、それは多分勘違いだろうと思った。
何故なら、若いうちに自分でやったか?それ。
年下に無理強いするのはお門違いです。と自分で言って感じた。

アドバイスと言う名の無理強いだと思った。
生活はどうするんだ、売り込み方はこうだとか、海外では、日本では。
など、と結局成功するためには、運とタイミングだなあとも強く感じ思った。

でもギャラリーの階段の踊り場には無数の人達が歩いて汚した無名の作品がころがっていた。
ああ、床になりたかった、今日。


http://hitoshiiwakiri.tumblr.com/


2012/05/29

一喝!

先週末もイベント続きで疲労気味、急な冷房で完璧に喉にきた。
がらがら声から声帯に異変、夏の前と後に油断をすると必ずこうなる。
過去に何度か経験済み。人間は忘れっぽい、困ったもんだ。

さて、昨日はイエローブロスにTシャツの撮影に、
明日から代官山のギャラリー・アートラッシュで開催される「Tシャツ展」に
イエローブロスと一緒に参加。 それで、この写真を撮りに行った。



帰路の途中、乗用車と自転車の接触事故を目撃、わたしはその乗用車の後ろをずっと走っていたが、動きが変だと感じていた矢先、右折時に女性の自転車を巻き込んだ。
幸い女性に怪我はなかった様子だが、バックして切り返そうとした時に自転車をバンパーで引き込み破壊した。あ~あっ、と女性の悲鳴。とても残念な光景であった。まわりの人々は口をあんぐり開け唖然としているだけで、こういう一瞬には誰も何も出来ないんだとあらためて思う。

その場をあとにして、数百メートル走ると、携帯しながら自転車をこいでいる若者がやって来た。
ちょうど居合わせた警察官二人の年長者が「危ないですよ!」と軽く注意。若者に変化なし、で、若い警察官が「携帯ヤメナサイ!!!」と半径百メートルくらいに響き渡る声で一喝。
それが凄く良い声で忘れられない。

この街は危険なところと安心なところが混在しているけれど、その警察官がいた安心感のほうが
とても強く感じられた。
http://hitoshiiwakiri.tumblr.com/



2012/04/27

With Kissy 来場ありがとうございました

約一ヶ月間 Bar & Gallery70mantasにて展示しましたWith Kissy 本日最終日をもって無事に終了しました。いらして下さった皆様にこの場をかりて感謝しております。ありがとうございました。
これからも地道に小さくも大きくも、作品を発表してまいります。
よろしくお願い致します。



 http://hitoshiiwakiri.tumblr.com/

2012/04/22

渋谷夕方西の空

26日からの展示の為に搬入設営作業。新しくオープンする渋谷ヒカリエ5階フロアーは、どの店舗も開店準備に大忙しだ。わたしは大判に出力されたプリントを円柱形にこしらえたり、パネルのレイアウトを目視で確認したりと、楽しい作業の時間が過ぎてゆく。さて、作業終了間際に照明家の登場で、一気に会場の構成が華やいだ。ヒカリが入ることによってこれほどまでに瞬時に空間を変えてしまう様をあらためて目の当たりにした。写真を撮っているときは、夢中で客観的に感じることはないが、人が行う作業は冷静にに見られて新しい発見がある。これからの季節、ここに座って夕暮れを見ながらゆったりとした時間をすごすのもまた、素晴らしい発想が生まれる事だろう。

http://hitoshiiwakiri.tumblr.com/

2011/07/10

金子周次と東日本大震災

木版画家、金子周次の個展を見た。
彼の作品は、現代美術作家の山倉研志のアトリエで以前見せてもらっていた。
ふたりとも歳こそ孫と祖父ほどの差があるが、同じ千葉県の出身で、
山倉氏の父親も同じく画家だったこともあり、巡り巡って彼のところへ
金子周次の作品のいくつかが辿り着いたのである。

木版のエッジのシャープさや渋い色遣いそして、緻密な書き込み、
そして書き込み過ぎず等。ぐっと来た。

こんな作家が没後35年も経った今も、未だ人知れずなのが残念である。
また知られていないのがいいと思う人もいるだろう。

ただただ、山倉氏は熱い情熱の持ち主で、東京での回顧展を開催
するまでに至ったのである。


金子周次と作品の背景を知りたくて、仲間3人で5月のはじめに銚子を訪れた。
生前の彼を知る人間はすでに数少なく、切れた糸をさがしてまた紡ぐように
色んな場所を訪れたが、決定的な事柄は分からず、
多分これから何度も通うことになるだろう。想像は膨らむばかり。
そのときの模様をロードな写真にした。
http://bccks.jp/search/?KW=triangle#B39202,P0

会場の作品はおおかた売れていた。
欲しかった作品が売れていて悔しがる方もいたそうな。
きっと本物が解る人々の話はただ聞いていても楽しいのだろう。

画廊をあとにして、山倉氏と一杯やりに小さなバーで話しているうち、
唐突に無人島に行くのに1枚だけCDを持っていっていいと言われたら何を持って行く?
無人島に電気はないと思うが、個人的な趣味を聞きたいんだろうと解釈。

事もあろうに俺はピンクフロイドの「原子心母」かなあと答えた。
絶句が待っていたが気にせずもう一杯呑んだ。

金子周次の作品を山倉研志に見せてもらったのは、
今年の3月10日だった。何かの縁を感じるのでる。